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東京地方裁判所 昭和25年(行)72号 判決 1952年7月29日

原告 小川貞利 外二八名

被告 中央労働委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

(一)  申立人原告小川、成田、栗林、本田、吉田、佐藤、広木及び原田、被申立人東京芝浦電気株式会社間の昭和二十四年不初第一号不当労働行為事件につき、昭和二十五年三月八日付決定書をもつて被告委員会のなした申立却下決定並びに、(二) 再審査申立人その後の原告等、再審査被申立人同会社、伊藤周造、青木孝一及び山口辰雄間の昭和二十五年不再第三十二号不当労働行為再審査申立事件につき、昭和二十五年八月四日付命令書をもつて被告委員会のなした再審査申立棄却処分はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求原因の要旨

(1)  原告等はいずれも訴外東京芝浦電気株式会社に雇われていた労働者であつたが、昭和二十四年七月十六日同会社の人員整理に際し解雇せられた。ところが原告等は右会社従業員により組織されている東芝労働組合連合会又はその傘下組合の役員又は組合員として熱心に組合活動を行つて来た者であつて、右解雇は人員整理を口実とし実は原告等の組合活動の故になされたいわゆる不当労働行為であつた。そこで

(一)  請求の趣旨中、(一)に掲げた原告等は、同年八月十日被告委員会に対し右会社を被申立人として、右不当労働行為救済の申立をしたところ、被告委員会は昭和二十四年不初第一号不当労働行為事件としてこれを審理した上、翌二十五年三月八日付決定書をもつて右申立を却下した。その理由を要約すれば、「被申立会社は右解雇後前記東芝労働組合連合会との間に右一方的解雇を取消して希望退職とすることを協定し、申立人等はいずれも右協定に基いて自発的に退職届を同会社に提出して退職金を受領したのであるから、仮に前記解雇が不当労働行為に該当するものであつたとしても、申立人等はもはやこれに対する救済を求める権利を失つたものであつて、その申立については中央労働委員会規則第三十四条を類推適用して、審問を開くまでもなくこれを却下すべきである」というにある。

(二)  つぎに請求の趣旨中、(二)に掲げた原告等は昭和二十四年八月中または同年十二月中神奈川地方労働委員会に対し、右会社等を被申立人として前記不当労働行為救済の申立をしたところ、同委員会は翌二十五年五月十五日右(一)の場合と同様の理由によりこれを却下したので、原告等はこれを不服として翌六月三日被告委員会に再審査を申立てた。よつて被告委員会は昭和二十五年不再第三十二号不当労働行為再審査申立事件として審査の上、同年八月四日付命令書をもつてこれを棄却したのであるが、その理由の要旨は「凡そ労働組合法第二十七条に基く不当労働行為の救済を与えるには、労働委員会が命令を発する時に被救済利益の現存することを要するのであるが申立人等は昭和二十四年十一月十六日の会社、組合間の協定(前記の協定と同一のものを指す)の条項を踏むことにより真実の退職をし、これにより被救済利益を自ら処分したものである。」というにある。

(2)  しかしながら前記決定書及び命令書により被告のなした行政処分はいずれもつぎのような理由で違法である。即ち

(一)  被告委員会が前記(一)の原告についてなした却下決定は、その手続においても違法である。即ち、被告は右(一)の事件において、原告等が不当労働行為に対する救済を求める権利を喪失したことは明らかであるとして中央労働委員会規則第三十四条を類推適用し、審問を開くことなく原告等の申立を却下した。しかしながら右第三十四条は「申立人の主張する事実の実質が不当労働行為に該当しないことが明らかなとき」に審問を開くことなく申立を却下することができると規定しているのであつて、申立人が不当労働行為に対する救済請求権を失つたかどうかは、この規定する事項とは本質的に性質を異にし、審問手続を経ずに判断することは許されない。しかるに、被告委員会が、その点を無視し、審問を開くことなく直ちに申立を却下したことは、手続上の違法があり、この点からみても、被告の却下決定は違法の処分として取消を免れない。

(二)  訴外会社と東芝労働組合連合会とは昭和二十四年十一月十六日前記人員整理に基因する紛争等の解決のために、右各行政処分の理由中にいわれている協定を結び、その第一条で「会社は、連合会の所属員にして現在解雇を拒否している者の業務上の解雇を取消し、希望退職とする」こと、第六条第一項で「連合会は、今回の紛争に際し、中央労働委員会に対し、連合会が会社側を相手としてなした一切の事件を取下げる」こと及び同条第二項で「連合会の傘下組合及びその組合員が中央及地方労働委員会に対し、会社側を相手としてなした事件については、会社連合会夫々その速かなる解決に努力する」ことを約し、更に右協定に関する了解事項一、において「第一条により会社が解雇拒否者の業務上の解雇を取消し希望退職とするについては、それらの者がその解雇の日付を以て会社に希望退職の申出をなすことにつき連合会は積極的に努力すること及び斯る申出がなされた上でなければ、会社は希望退職者としての退職手当金は支払わないことを連合会は認める」旨を取りきめた。そして、原告等はいずれもその後右協定の条項にもとずき退職を申出で、希望退職の取扱をうけ、所定の退職金を受領した。

そこで右協定第一条の趣旨は、その成立に至るまでの経過その他当時の諸般の事情からみて、退職を真に希望して申出た者のみについて所定の取扱をするということではなく、現在解雇を拒否している連合会所属員全員につき、本人が将来引き続きその解雇の不当を争うと否とを問わず、その者が希望退職申出の手続をしさえすれば少くともこれを希望退職の扱とし、かつそれに対する退職金を即時交付するという待遇を与えることを約する意味である。そしてほんらい右協定の当事者でない傘下組合及び組合員の、労働委員会で解雇の不当を争う権利が、右協定で定めた希望退職の扱によつて消滅しないことは当然であり、協定第六条もこのような趣旨に基いて約されたものである。従つて原告等が当時会社に希望退職の申出をしたのは、右協定第一条に従い解雇拒否者のうけ得る最少限度の待遇をうけるための前提として、形式的に(強いて法律的な意味を求めれば、解雇が最終的に有効と判定されることを条件とする趣旨で)希望退職の申出をし、かつ所定の退職金の交付を受けたに止まり、真実退職を希望したのでないことはもちろんである。殊に原告等はその前から引続き労働委員会に提訴して本件不当労働行為の救済を求めていたのであるから、退職申出当時なお解雇の不当を争う意思であつたことは明らかである。かようなわけで、原告等は希望退職の申出によつて解雇に関する争をやめる意思では決してなかつたのであり、会社も右の事情をすべて諒知しつつ退職金を支払つたのであるから、これによつて原告等が解雇の不当を争い、労働委員会の救済を求める権利を放棄し、もしくは被救済利益を処分したものということはできない。しかるに被告のなした本件各行政処分はいずれもこれらの点を誤解し、その誤解の上に立ち、これを理由としてなされた違法な処分であるからその取消を求める。

三、被告の答弁

(一)  本案前の抗弁

原告等の訴を却下する。訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求める。

本訴はつぎの理由により不適法であつて却下を免れない。

(1)  労働委員会のなす申立棄却命令及び却下決定には、救済命令の場合のように、行政庁の国民に対する下令ないし禁止という命令的行為が全く含まれておらず、単に救済命令を発しないという不行為を申立人に通知するにすぎない。従つて本件のような棄却命令及び却下決定は、行政訴訟の対象となる行政処分といえないから、本訴は不適法である。

(2)  仮に棄却ないし却下命令が行政訴訟の対象となる拒否的行政処分であるとしても、右処分の取消を求める行政訴訟はつぎの理由により許されない。即ち、労働組合法第二十七条第四項は、使用者が地方労働委員会又は中央労働委員会の命令に対し、右命令交付の日から三十日以内に行政事件訴訟特例法による訴を提起することができる旨定めているが、労働組合又は労働者についてはこれに対応する規定がないから、これらの者は右の申立を排斥した労働委員会の処分に対し行政訴訟を提起し得ないものと解される。もつとも同条第九項は労働組合又は労働者の訴提起を認めており、右訴の中には民事訴訟だけでなく行政訴訟をも含むように読めるかもしれないが、元来労働委員会が不当労働行為の申立に対しいかなる処分をするかはそのいわゆる自由裁量に属するのであるから、労働委員会が申立を却下又は棄却した場合、その当不当を論ずることはできても違法ということはあり得ない。従つて右第九項が裁判所に労働委員会の処分の適否を判断させる趣旨を含むものと解せられないことは明らかであるから、いずれにせよ、労働委員会が原告等の不当労働行為救済申立を斥けた本件各処分についてはこれを訴訟で争い得ないものである。

(3)  仮にそうでないとしても、本件のように労働委員会が不当労働行為救済の申立を却下又は棄却した処分に対しては、労働組合又は労働者はつぎのようなわけでこれを行政訴訟で争う訴の利益を有しない。即ち、

(イ) もし救済申立が認容され救済命令が発せられたとしても、使用者はこれによつて公法上労働委員会に対し一定の作為不作為の義務を負うだけで、直接申立人である労働者側に対し何等かの法律上の義務を負うわけではなく、労働者側は単に使用者の負う右公法上の義務の反射として事実上利益をうけるというに止る。従つて労働者側としては、棄却ないし却下の処分によつて、かような事実上の利益をうけ得ないというだけで、権利を侵害されたとはいえないから、これに対し行政訴訟を提起すべき権利保護要件を欠くものといわねばならない。

(ロ) のみならず、原告等が解雇によりうけた不利益は使用者を相手方とする民事訴訟により十分これを排除し得るのであつて、被告委員会に対する申立が排斥されたからといつて解雇の不当を争う手段を失うわけではない。

(ハ) また行政訴訟の判決により被告委員会の処分を取消された場合、直ちに原告に有利な何かの効果が生ずるのならばとにかく、単に被告委員会の右処分が取消されるだけで、被告委員会が改めて救済命令を発しない限り、いかなる効果も生ずるものでないから、この点においても本訴によつて取消の判決を求める利益はないのである。

以上いづれの点から見ても、原告等の本訴は不適法という外ない。

(二)  本案の答弁

主文と同趣旨の判決を求める。

(1)  審問手続を経なかつたことの違法

つぎに原告主張の(一)の事件において被告委員会が審問を開くことなく却下決定をしたことは認めるが、右の手続はつぎに述べるような経緯で行われたもので何等違法はない。

被告委員会は右不当労働行為事件につき申立後前後六回の調査を経て審問に入ろうとしたやさき、昭和二十四年十一月十七日東芝労働組合連合会の石川中央執行委員長と訴外会社高橋重役から原告主張の協定の成立した旨及び一切の紛争が解決する運びに至つた旨の報告説明をうけたので、原告等を含む申立人十六名に対し申立取下を勧告したが応じなかつた。(ただしその中六名は後に取下げた)そこで被告委員会は昭和二十五年一月十九日各当事者に対し(一)前記協定書及びその趣旨の説明(二)協定実施状況に関する報告を求めたところ、同月二十四日会社より「上申書」と題する書面、二月四日申立人等より「協定の趣旨とその履行状況」「協定の履行状況」及びその補追と題する書面の提出があつたので、被告委員会は二月十三日に各当事者の出頭を求め、各提出書面に基いて事情を聴取した。その結果、右書面に記載してあるとおり各申立人が協定書第一条に基いて退職届を会社に提出し退職金を受領した事実については、当事者間に全く争のないことが明らかとなつた。そこで被告委員は更に申立人等に対し、前記の事実に関してなお主張すべき点があれば申出るよう申入れたが、二月十七日申立人側から提出された書面には何等協定書の趣旨等についてはふれるところがなかつた。よつて被告委員会は三月八日当事者双方の争ない主張事実自体によつて、事件は明らかであつてこの上審問を開いて証拠調等をする必要はないとして審問を開くことなく直ちに却下することに決定したのである。

以上のしだいで、本件については、この上審問による証拠調の必要のないことが明らかになつたのであるから、被告委員会がこれを中央労働委員会規則第三十四条にいわゆる「申立人の主張する事実の実質が不当労働行為に該当しないことが明らかなとき」との規定の趣旨に該当するものとし、同条を類推適用して本件申立を却下したのは正当であつて、原告のいうように違法はない。

(2)  救済利益放棄の認定の違法

原告等主張の請求原因事実中原告等の訴外東京芝浦電気株式会社及び労働組合における地位身分がその主張のとおりであること、同人等が昭和二十四年七月十六日同会社の人員整理に際し解雇されたこと、(一)の事件につき原告等が被告委員会に対し右解雇を不当労働行為であるとして救済の申立をしたところ、原告主張のような理由で申立が却下されたこと、(二)の事件につき原告等が神奈川地方労働委員会に対し同様の理由により救済申立をしたところ、原告主張のような理由により申立を却下せられ、更に被告委員会に再審査を申立てたところ、原告主張のような理由で、再審査申立が棄却せられたこと訴外会社と東芝労働組合連合会とが昭和二十四年十一月十六日前記人員整理に基因する紛争等の解決のために協定し、かつ右協定に関する了解事項をとりきめ、該協定第一条、第六条、了解事項一に原告等の主張するような文言のあること及び原告等がその後右会社に退職の申出をし、希望退職の取扱いをうけて所定の退職金を受領したことはいずれも認めるが、右解雇が原告等の主張するように原告等の組合活動を理由として行われたかどうかは知らない。その他の点はすべて否認する。

訴外会社は右協定等の文言に明らかなように、東芝労働組合連合会に対し、当時解雇を拒否している者であつて退職を希望しその申出をした者に対しては、先の業務上の解雇を取消し、希望退職とする旨約したところ、原告等はいずれもこれに基き自発的に退職を申出たることにより、右協定の利益をうける意思を表示し、右会社もこれに応じて本件解雇を取消し、かつ原告等を希望退職の取扱いにし、これに対する退職金を支払つたものである。かような経過に照せば仮に右解雇が原告等の主張するような不当労働行為であつたとしても、原告等は右退職申出によつて真実訴外会社を退職し、今後解雇の不当を争うことをやめる旨合意したものと認める外はない。従つて原告等はもはや重ねて解雇の取消を求めることはできないし、その利益もないことになつたわけであるから、被告委員会がこれを理由として原告等の申立を排斥した本件各処分は適法である。

四、被告の右本案前の抗弁及び答弁に対する原告等の主張

(1)  本案前の抗弁に対し、

(一)  何人も違法な行政処分を受けた場合にはこれを裁判所において争う権利が与えられているのであるから、労働組合法第二十七条第四項の規定はこれにより使用者に新たに訴を提起する権利を与えたものではなく、むしろその出訴期間等につき特則を定めたものにほかならない。従つて右規定の存在から反論して、労働組合又は労働者に行政訴訟の権利がないとすることはできない。被告は、労働委員会が不当労働行為救済の申立を受け、これに対して行う処分はいわゆる自由裁量に委ねられていると主張するが、右処分は法律によつて事実を認定し、これに基いて申立人の請求にかかる救済の採否を決定するのであつて、いわゆる法規裁量に属する行政処分であることは明らかである。更に、ことを実質的に考えても、労働委員会は国民の基本的人権である団結権を守る重要な機関であつて、その救済手続も司法的色彩が濃いのであるから、その処分はすべて国民の権利に重大な影響を及ぼすものとして、その適法性を裁判所で争うことが許されなければならない。従つて右処分が綜合的に判断して違法となされる場合は、これにより不利益をうけた当事者の提訴に基く行政訴訟判決によつて取消され得べきことは当然であり、労働組合法第二十七条第九項はこの当然の事理を確認しているものにすぎない。

(二)  つぎに被告は本件訴訟の利益を云々するけれども、労働委員会は右に述べたように、不当労働行為救済の申立を受けたときは、遅滞なく調査審問によつて事実の認定をした上、申立が理由のあるときは救済命令を発すべき義務を負つているのであるから、労働委員会が右義務を履行しないときは、労働組合又は労働者はこれにより同法の定める救済を受ける権利を害されたことになる。従つて訴訟により右侵害の排除を求める利益があるというべきである。もつとも原告等には別に民事訴訟により本件解雇の効力を争う道が残されているが、民事訴訟による救済は刑罰に裏付けられている労働委員会による救済とは別個のものであるのみならず、その効果も後者の方が強力であるから、これを違法に拒否する被告委員会の処分を行政訴訟で争うことが原告等の利益であることに変りない。なお原告等の求める判決は単に被告の処分の取消であるに過ぎないから、原告等の利害に何の加えるところがないようにも見えるけれども、被告委員会は右処分を取消されることによつて、再び申立について審査を行い、更に適法な決定をなすべき義務を負うのであり、しかも今後は右判決に拘束されてこれに反する判断をなし得ないのであるから、原告等は右判決を受けるにつき十分の利益を有するのである。

(2)  却下決定の手続についての被告の答弁に対し

(一)の事件の却下決定に至るまでの被告委員会の審査の経過についての被告主張の事実中、石川委員長及び高橋重役が被告委員会において「一切の紛争が解決する運びに至つた」旨報告説明したとの点は否認するが、その余の事実はすべて認める。ただし、被告が最初に前後六回にわたつて行つたと主張する調査は、形式的なものであつた。(証拠省略)

理由

一、行政訴訟を起し得ないとの抗弁の当否

(一)  被告は先ず労働委員会のなす申立棄却命令ないし却下決定は、救済命令を発しないという「不行為」の通知にすぎないから行政訴訟の対象とならないと主張する。しかしながら、棄却命令及び却下決定は、それぞれ労働組合法第二十七条第二項及び中央労働委員会規則第四十三条第三項ならびに、同規則第三十四条に則り、当該救済申立に対する救済命令の発令を終局的に拒否し、これによつて当該手続を終結させる効果を生ずる労働委員会の意思表示であるから、これを行政庁の処分というに妨げなく、従つてこれが行政事件訴訟特例法第一条の行政庁の処分に当らないとはいえない。

(二)  被告は労働組合法第二十七条第四項は、使用者が地方労働委員会又は中央労働委員会の命令に対し、右命令交付の日から三十日以内に行政事件訴訟特例法による訴を起すことができる旨定めているが、労働組合又は労働者については、これに対応する規定がなく、また労働委員会による不当労働行為の救済は、国家が労働組合等に与える特別の保護であるから、これを拒否すると否とは労働委員会の自由であり従つて右拒否処分について違法適法の問題は生じない従つてこれに対して行政訴訟を起し得ないと主張する。しかしながら行政事件訴訟特例法は行政庁の違法な処分に対しては、あまねく行政訴訟を起し得ることを規定し、労働組合法第二十七条第九項は「第二十七条の規定は、労働組合又は労働者が訴を提起することを妨げるものではない」と規定し、その訴は民事訴訟に限定していない。また労働委員会の救済制度を設けた趣旨から考えてみても、救済制度を設けたこと自体は国家の特別の保護であるとしても、ともかくも国家がこのような救済制度を設け、右制度を具体化するにあたり労働組合法に詳細な救済手続を定め、労働委員会は調査の結果不当労働行為があると認めたならば、同法の定める所に従つて救済命令を発すべき義務を課せられている。即ち、労働組合法第二十七条第一、二項によれば、労働委員会は労働組合又は労働者からの救済申立に対し調査の義務を負い、更に必要と認めたときは審問の上事実の認定を行い、この認定に基いて申立人の請求にかかる救済の全部若しくは一部の認容又は棄却を命令しなければならないし、更に右認定及び命令の手続はすべて法の定めるところに従い、かつ命令の内容及び根拠は命令書の上に明示することを要するのである。(中央労働委員会規則第三十三条、第三十七条、第四十条、第四十三条等)もとよりどういう救済を与えるかは労働委員会の自由に委せられているところであるが、いやしくも不当労働行為があると認めたならば、何等かの救済を与える義務を有し、救済を与えると否とが、労働委員会の自由に委せられているのではない。その反面労働組合及び労働者は労働委員会の権力発動を要求し、この手続を利用して団結権に対する侵害の除去をはかる権利が保障されているものといわねばならない。もつとも本来の民事訴訟のほかにこのような救済方法を設けたのは、国家の一種の恩恵であつて、恩恵を拒絶せられたからといつて、その拒絶の取消を求め得ないとの見解も立て得ないではないが、いやしくもかような立法によつて、国民にこのような権利が保障された以上、それだけの理由で行政庁である労働委員がその救済を違法に拒否した場合、国民が行政訴訟を提起し得ることを否定する理由ともし難い。してみれば、労働組合法第二十七条第四項に使用者が行政事件訴訟特例法による訴を提起する場合について規定しているのは、使用者がほんらい有する行政訴訟の権利について、その要件や出訴期間の特則を定めたに止まり、この規定により使用者にだけ新たな行政訴訟の権利を与えた趣旨でないと解すべく、この規定をもつて労働組合や労働者が同種の訴権を有しない根拠とすることもできない。

(三)  被告は更に原告等は本訴において訴の利益を有しないと主張する。

(イ)  しかしながら、前記のように労働組合及労働者等は使用者の不当労働行為が行われた場合に進んで労働委員会に対し救済を求める権利を与えられているのであつて、労働委員会の救済命令は直接には使用者に対する命令であつても、使用者はこれに従う義務があり、これによつて労働組合又は労働者は救済を受け得られるのであるから、右救済機関たる労働委員会が違法に救済を拒否する処分をした場合には、申立人は右権利を侵害されたことになる。労働組合及び労働者はこれを回復するために右処分を行政訴訟によつて争う利益を有することは明らかである。

(ロ)  もつとも、労働組合又は労働者はその場合敢て行政訴訟の手段によらなくても、民事訴訟の方法で使用者の不当労働行為の効力を争う道もある。しかし労働委員会の命令は民事判決におけるより広範囲において、自由かつ迅速に適宜の措置を講じ得られる。このことは特に解雇以外の不利益取扱、支配介入等の不当労働行為については顕著である。またその命令の実行は緊急命令による過料の制裁によつて強制せられ得るのであつて、救済方法として民事判決と異つた面をもち、民事訴訟で得られない救済方法による利益をも有するのである。

(ハ)  また棄却処分に対する取消判決が確定した場合も、これにより直ちに解雇が取消される等の効力を生ずるものでないことは、被告の主張するとおりであるが、労働委員会は確定判決の拘束力をうけ、労働委員会の右命令の違法なことが確定せられ、然も以後労働委員会は同一事件につき、同一の理由で救済の申立を拒絶し得ないこととなり、(行政事件訴訟特例法第十二条)その結果として労働委員会は申立に対し更に手続を進めて命令を発する義務を負うものと解するのが相当であるから、原告等は労働委員会の救済命令拒絶の命令に対し取消判決を求める訴の利益を有すること明らかである。

以上のように本訴を不適法とする被告の本案前の抗弁はすべて理由がなく、行政事件訴訟特例法に定める一般原則により、原告等は労働委員会のなした処分の違法を争い得るものといわねばならない。

二、審問手続を経なかつたことの違法の主張について

つぎに原告等は、請求原因(一)の事件において被告のなした却下処分につき、被告が審問手続を開くことなく申立を却下したことは手続上違法であると主張する。

そこで先ず被告が右却下決定をなすに至つたいきさつを考えて見よう。被告委員会は、前記原告主張の(一)の不当労働行為事件につき原告等の申立をうけ、前後六回の調査を行い審問に入ろうとしたところ、昭和二十四年十一月十七日東芝労働組合連合会の石川中央執行委員長と訴外会社高橋重役から原告主張のような協定が成立した旨の報告説明をうけたので、原告等を含む申立人十六名に対し申立取下を勧告したが応じなかつた。(ただし、その中六名は後に取下げた。)そこで被告委員会は昭和二十五年一月十九日各当事者に対し(一)前記協定書及びその趣旨の説明(二)協定実施状況に関する報告を求めたところ、同月二十四日会社より「上申書」と題する書面、二月四日申立人等より「協定の趣旨とその履行状況」「協定の履行状況」及びその補追と題する書面の提出があつたので、被告委員会は二月十三日に各当事者の出頭を求め、各提出書面に基いて事情を聴取した。その結果、右書面に記載してあるとおり、各申立人が協定第一条にいう「会社は連合会の所属員にして現在解雇を拒否している者の業務上の解雇を取消し、希望退職とする」との規定に基いて退職届を会社に提出し、退職金を受領した事実については当事者間に全く争のないことが明らかとなつた。そこで被告委員会は更に申立人等に対し、前記の事実に関してなお主張すべき点があれば申出るよう申入れたが、二月十七日申立人側から提出された書面には何等協定書等の趣旨についてはふれるところがなかつた。よつて被告委員会は三月八日当事者双方の争のない主張事実自体によつて事件は明らかであるからこの上審問を開いて証拠調をする必要はないとして審問を開くことなく、直ちに申立を却下した。

以上の事実は当事者間に争がない。労働組合法第二十七条第一項によれば労働委員会は申立に対し「必要があると認めたとき」は「審問を行わなければならない」と規定されているが、右はもとより審問の要否の判定を委員会の専恣に委ねたものではなく、不当労働行為ないしその前提要件に関する実体上の審理については、委員会は原則として審問を開く義務あるものと解せられる。(中央労働委員会規則第三十三条第一項第二項)しかしながら審問手続は要するに争あり若しくは明瞭でない事実関係につき、当事者双方の立証をつくさせ慎重な証拠調をなすためのものであるから、審問開始前に当事者の自認等によつて主要な事実関係が明瞭となり、これによつて委員会がこれ以上の証拠調を要しないと判断した場合には、審問に入ることなく申立を排斥し得るものと解すべきである。(中央労働委員会規則第三十七条第四項但書参照)これを本件について見るに本件の争点は専ら原告等の救済請求の権利放棄の意思表示があつたと見得るかどうかの問題であるが、前記のようにその判定の基礎となる本件協定及びこれに基く退職届の提出退職金の受領等の主要な事実関係はすべて当事者間に争のないことが判明したものであり、その他の点についても被告委員会は事情を聴取するなど当事者双方に主張の機会を与えたにかかわらず、原告は救済請求権放棄の推定を覆すに足るような主張もしていないのであつて、右の事実によれば、後に本案の判断においても詳細説明するように、被告委員会において本件につきこれ以上の証拠調をするまでもなく、原告等が救済請求権を放棄したことは明白であると認めたのも当然である。中央労働委員会規則第三十四条に「申立人の主張する事実の実質が不当労働行為に該当しないことが明らかなとき」には、審問手続を経ることなく申立を却下することができる旨規定している趣旨は、右のように審問前に明瞭になつた事実関係によつて、審問を開くまでもなく不当労働行為救済の要件がないものと判断された場合をも含むと解するのが相当であるから、本件において被告委員会が同条を適用して原告等の申立を却下したことは違法でない。よつてこの点に関する原告等の主張もまた理由がない。

三、司法審査の範囲

そこで進んで本案に入り判断すべきであるが、原告等は、原告等が被告委員会に対する救済請求権を放棄したことがないにかかわらず、被告委員会において、放棄したと認定したのは違法であると主張するので、被告委員会のこのような事実認定の当否について裁判所がどの範囲まで判断し得るかを先ず検討せねばならない。ひとつにはこういう考え方もある。労働委員会の処分は執行機関としての行政庁の処分とは異り、準司法的権限に基いて、審問手続を行い、相対立する当事者間の争訟の形で、両者に主張ならびに立証の機会を与えて、事実を明らかにして上で、その処分を決定し、特に手続について調書を作ることも義務づけられている。その提出された証拠に基きどう認定するかは労働委員会の自由になし得るところであつて、事実認定の違法を争い得るのは上告の場合の「法令違背」と同じように、虚無の証拠を採用したとか、証拠の採用の法則を誤つたような場合だけに限られるのであつて、労働委員会の命令に対する行政訴訟においては、委員会のなした事実認定における実質的証拠の有無というような点を事後的に審査するに止め、それ以上自ら証拠調を行い、その結果によつて委員会の事実認定の当否を判定すべきではない。私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第八十条には公正取引委員会の審決の不服申立につき、裁判所が裁判するに当り、「公正取引委員会の認定した事実は、これを立証する実質的証拠があるときには、裁判所を拘束する」と規定しているのは、この当然の理を明らかにしたものであつて(なお第八十一条、第八十二条参照)、労働組合法にはこのような規定はないが、これと同様に解すべきであると。しかし労働組合法には右第八十条ないし第八十二条のような規定がないこと、また労働委員会においては、構成員の資格が公正取引委員会などに比して厳重でないこと、裁判所の審判の範囲を独占禁止法のように限定する場合には独占禁止法第七十八条のように、労働委員会に対し当該事件の記録の送付を求めるなど証拠調の手続などにつき明文の規定がなければならないが、この種の規定のないことなどから考えれば、労働組合法の法意は、右独占禁止法の場合とは異り、一般行政事件の違法の処分の判断と同じく、裁判所は新に独自の証拠調を行つて事実の認定をなし、その認定に基いて、右委員会の事実認定の当否を判定し、右処分の適法性を判断し得ることにしたものと解さねばならない。

四、救済利益放棄認定の違法の主張について

進んで右の前提のもとに、本案の判断をなすことにする。

原告等はいずれも訴外東京芝浦電気株式会社に雇われていた労働者であつて、右会社の従業員によつて組織された東芝労働組合連合会又はその傘下組合の組合員であつたが、昭和二十四年七月十六日同会社の人員整理に際し解雇されたこと、請求の趣旨中(一)に掲げた原告等は同年八月十日被告委員会に対し右会社を被申立人とし、右解雇が不当労働行為であるとしてその救済を求める申立をしたところ、被告委員会は昭和二十四年不初第一号不当労働行為事件としてこれを審理の上、翌二十五年三月八日付決定書をもつてこれを却下したこと、つぎに請求の趣旨中(二)に記した原告等は昭和二十四年八月中または同年十二月中神奈川地方労働委員会に対し右会社等を被申立人として同様の救済申立をしたところ、同委員会は翌二十五年五月十五日これを却下したので、原告等はこれを不服として翌六月三日被告委員会に再審査の申立をなし、よつて被告委員会は昭和二十五年不再第三二号不当労働行為再審査申立事件として審査の上、同年八月四日付命令書をもつてこれを棄却したこと、右各処分の理由の要旨はいずれも「原告等は原告主張の訴外会社と東芝労働組合連合会との間の協定に基き、訴外会社に退職を申出で退職金を受領したから、不当労働行為に対する救済を求める権利を失い、もしくはその利益を処分したものである」というにあることはいずれも当事者間に争がない。原告等は原告等がすでに不当労働行為に対する救済をうける権利を失つているとの被告委員会の右認定は違法であると主張するのでこの点について判断する。

前記訴外会社と東芝労働組合連合会とが昭和二十四年十一月十六日前記人員整理に基因する紛争等の解決のために協定を結んだこと、その第一条に「会社は、連合会の所属員にして現在解雇を拒否している者の業務上の解雇を取消し、希望退職とする」とあり、第六条第一項に「連合会は今回の紛争に際し、中央労働委員会に対し、連合会が会社側を相手としてなした一切の事件を取下げる」とあり、同条第二項に「連合会の傘下組合及びその組合員が中央及び地方労働委員会に対し、会社側を相手としてなした事件については、会社、連合会夫々その速かなる解決に努力する」とあること、ならびに右両当事者は更に右協定に関する了解事項一において「第一条により会社が解雇拒否者の業務上の解雇を取消し希望退職とするについては、それらの者が解雇の日附を以て会社に希望退職の申出をなすことにつき連合会は積極的に努力すること及び斯る申出がなされた上でなければ、会社は希望退職者としての退職手当金は支払わないことを連合会は認める」と約したことは、いずれも当事者間に争がない。

なお成立に争のない甲第三号証の一及び証人萩尾直、同伊藤金蔵の各証言を綜合すればつぎの事実が認められる。即ち訴外会社と前記連合会との間では既に昭和二十三年中から紛争を重ねてきたが、昭和二十四年十月末から翌十一月にかけて会社側常務取締役高橋恒祐及び労務部長萩尾直、連合会側副委員長久保及び山下の間で下交渉を重ねた結果同月十五日頃協定案が成立した。当時右連合会所属の組合員中には、会社のなした同年七月十六日の解雇を不当労働行為であるとして拒否している者がなお百七、八十名あり、その解決が右交渉の一重点であつたのであるが、連合会側は右交渉において、はじめはこれらの者の再雇傭を提案したが、会社側の容れるところとならなかつたので、更に解雇を取消して自ら退職する形にすることを申出で、よつて右協定案作成に当つては、連合会は組合員に対し退職希望方を勧めることとし、会社は右退職申出があればこれに応じて先の解雇を取消し改めて希望退職の扱としてこれに対する退職金(解雇の場合より多い)を支払うこととする旨意見の一致を見た。そして右会社及び連合会は同月十六日正式に団体交渉を行い、そこで双方右下交渉の趣旨を承認し、それにより前記協定及び了解事項が成立したことが認められる。原告栗林博の供述中これに低触する部分は信用できず、その他には右に反する証拠はない。

そこでこのような協定等成立の経過と前掲協定及び諒解事項の文言を綜合して本件協定の趣旨を考えて見ると、結局連合会所属組合員は、これにより連合会のなした協定に拘束されないで、労働委員会に不当解雇救済を求める手続を進めていくか、或は右協定の線に沿い会社に希望退職を申出で所定の退職金を得て争を解決するかの二途のいずれかを選択し得るに至つたものであると認められる。

原告等はこれら協定等の趣旨は、現在解雇を拒否している連合会所属全員につき、引き続き今後も解雇し当不当を争うと否とを問わず、その申出があれば希望退職扱としかつその退職金を即時交付するという待遇を与える趣旨に他ならないと主張し、成立に争のない甲第三号証の一、二、同第四号証の一、証人坂田和恒の証言及び原告成田真一郎、栗林博、宮田房近各本人訊問の結果中には右主張に沿うようにみえる記載及供述も存在する。しかしながらこれらの証拠を検討すると、連合会内部若しくは原告等組合員相互間において本件協定の趣旨を原告主張のように自ら解釈し、ないしは想像していたことをうかがわしめるに止り、それ以上に右協定締結の際そのような趣旨が会社との間で明らかにせられ、もしくは会社が暗黙にこれを諒承していた事実を認めることはできない。その他原告等の主張を裏付けるに足る証拠はない。以上の点を考えあわせると本件協定は前に述べたように解雇についての争をやめる意思で退職を申出でたものに対してのみ会社は希望退職及び退職金交付の取扱をなす趣旨であると解する外はない。

原告等が右連合会又はその傘下組合の組合員であることは前に述べたとおりであり、その後右訴外会社に対し前記協定に基き、所定の希望退職の申出をなし、これに対する退職金を受領したことは当事者間に争のないところである。一般に解雇の意思表示を受けた労働者が使者用に対し進んで退職を申出で、退職金を受領した場合は特段の事情のない限り当該解雇について争をやめる旨同意したものと推認せられるのであるが、その際右被解雇者がなお解雇の不当を争う旨の留保を附して形式的に右手続をなし、使用者も右留保を承認した場合は、その労働者が、解雇の当否を争い、労働委員会等にその救済を求める権利は未だ失われないことはもちろんである。しかしながら、本件においては、右に認定したところによつて明らかなように、会社が前記協定締結に際し、これに基く原告等の退職申出につき予め右のような留保を承認していたものと認めることはできない。また原告等が退職金を受領した当時労働委員会に提訴中であつたことは事実であるが、前記のような協定の趣旨やその後の経過に照しても、それだけの事実から直ちに原告等が会社に対し今後も解雇に対する抗争を続ける旨留保したことにはならない。その他には原告等が右退職申出に当り前記のような趣旨の留保をしたことを証する証拠もない。従つて原告等と右会社との間には、右退職申出及びこれに応ずる退職金支払により、両者間に従来存在した解雇に関する争をやめる旨の合意が成立したものと解さねばならない。

そして被告委員会の本件各処分はいずれも原告等と会社間の右合意を理由とし、それにより原告等が解雇の不当を主張してその救済を求める権利及び利益を失つたものとして前記の処分をしたものであるから、被告委員会の本件各処分はこの点につき違法がないものというべきである。

五、結論

以上のように被告委員会のなした本件各処分については何等原告のいうような違法はないから、その取消を求める原告等の本訴請求はすべて理由がない。よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 立岡安正 田辺公二)

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